| むかしこのような話があります、江戸時代後期いわゆる江戸幕府の末期になると、社会の沈殿化が進み各地の藩では、農民は農業をやっても生活が成り立たず、場所によっては七割、八割の田んぼや畑が、耕す人のないまま荒れ放題になり、いわゆる休耕田、廃耕田になっていった時代、天保の大飢饉の時代に、各藩では莫大な借財をせおい藩士の棒給すら満足に支給できない状況に陥っていたとき、皆さんもご存知の二宮尊徳(二宮金次郎)は、藩の財政建て直しを依頼されたときに行ったことで、本当に金がなくなってしまってどうしようもない時の、いちばん合理的なものの考え方を実行したそうです。その思想を採用した藩・領地は全国六百箇所にもおよぶといわれます。
これは非常に簡単でものすごく当たり前のことですが、実はすばらしくパワフルなことなのです。「分」ということを言うのですが、すべての資質をまず「分内」と「度外」の二つに分けます、「分内」というのは普段の仕事を行っていくうえで最低限必要なお金です。さらにその「分内」を今日、今月、今年で経常的に必要なお金と、臨時のお金のふたつに分けます、これが「分内」です。
そして「度外」というのは「分内」以外のお金で、これは自譲、他譲といいますが自分の未来に使うお金と、全体の未来に使うお金とにはっきり分けるのです。当たり前のことですが、本当にこんなふうに今あるお金の範囲でお金を割り振っていきます。
具体的には、分相応を身上とし、藩内の非生産者である藩士の減棒を実施し、生産者の勤労意欲を高めるための施策奨励を積極的に図っています。
これを今の実情にてらせば、おのずと今やるべきことや将来へ向けての取り組みが見えくるのではないでしょうか。
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